「富山の新聞事情」 2012.1.28 掲載
この項目には、当方の個人的な研究に基づく、推測・判断も多く含まれています。誤りはご容赦ください。
また、知らないうちに状況の変化もあるかと思います。
なお、ここに書かれることを元に関係新聞社への問い合わせは、ご遠慮ください。(笑)
◎印刷工場の考察 まずは、全国紙です。 読売新聞は、1961年に北陸支社が設立され、以来ずっと高岡での印刷でした。 左のように、古い題字では「フアクシミリ・オフセツト版」と謳っています。
支社工場の機械入れ替えは何度かしていると思いますが、1996年に支社敷地内に別棟の印刷工場を建て、印刷部門を子会社化(北陸オール印刷)したようです。その印刷機械も10数年が経ち保守管理に不安が出てきたようです。通常は、機械を入れ替えするものですが、昨年3月から富山市の北日本新聞社での委託印刷に切り替えました。(実際、北陸支社の機械は、委託契約を結んだ後の2010年11月に、印刷が3時間近く遅れるトラブルがあり、関係者はゾッとしたことでしょう。) なお、印刷の移管は、ある日を区切ってではなく2011年の3月下旬に10日間ほどかけて行われたようでした。(高岡市内の配達分は一番最後のようでした。報知は、さらに少し後でした。)
北陸オール印刷は、昨年5月に解散しており、読売新聞は今後、北陸地区では自社で発行しないということでしょうか。(今のところ、建物はそのままです。)
手前・旧印刷工場、奥・北陸支社。 重なって見えますが、別棟です。 2006年1月撮影
ところで、富山では読売新聞の号外が東京と同じタイミングで出ることが多いですが、委託印刷後の昨年4月以降に出た号外の印刷形状が、日刊版とは微妙に異なっていました。(紙面下の針で刺したような連続穴の間隔が異なっていました。)この時の印刷は、北日本新聞社ではなかったようです。(ちなみに、北日本と読売の日刊版の印刷形状は同じです。)この件は、今後も追跡の必要がありますね。 また、号外をチェックしていると、高岡で入手したもの中に発行所が東京本社になっているものがありました。急いでいて、題字部分の交換を忘れていたのでしょうか。 その他の全国紙は、長らく遠方(大阪方面)から運んでいましたが、まず日本経済新聞が北國新聞社の関連会社工場で現地印刷を始めました。時期は1986年4月だったと思います。(日経は地方紙に委託する形で分散印刷を始めている頃だったような記憶があります。)当時は金沢市に隣接する工場での印刷だったようですが、近年、場所が金沢市内に移動したようです。 朝日新聞は、少し変則的(距離的メリットが不明です。)で、大阪管轄を東京管轄に変更した1989年9月に、名古屋本社工場で東京版の越境印刷を始めました。その後、北名古屋市の関連会社工場へ移行しました。(その間の一時期、岐阜市内←岐阜新聞?の工場で印刷したことがあるようですが、未確認です。)いずれにせよ、全国紙本社間の越境印刷は、当方の知る限り、他社を含めこれのみと思います。
さらに時は流れ、昨年4月からは、金沢市の北陸中日新聞工場での委託印刷に変わり、管轄も再び大阪に戻りました。 今回(2011年4月1日付)社告と記事です。社告は題字下の目立たない場所です。しかも、単なるおことわりです。
毎日新聞、産経新聞は、大阪近郊の工場での印刷だと思いますが、県内部数が極めて少なく、当方の研究対象外になりつつあります。(毎日新聞は図書館にはありますが、産経新聞は市立図書館クラスには無いですね。両紙とも個人宅で購読している人がいるのかな、と感じます。) 続いて地方紙です。 地方紙は、地元で印刷しているといえばそれまでですが、富山には地元紙(全国紙に対する意味で)といえるものが三紙あります。しかし、純粋な県紙は北日本新聞のみです。富山新聞は題号に県名が付いているため、県外の人が見ると富山の県紙と思われるかもしれませんが、それは誤りです。シェアから見ても一般紙の中で3番目です。 北日本新聞は、富山市の工場で印刷しています。以前は、市街地の本社工場での印刷したが、2006年に印刷拠点のみ郊外(旧 婦中町)へ移転しています。この印刷工場には「創造の森 越中座」という名前が付けられ、新聞の博物館「メディアプラザ」も併設され、見学することができます。
富山新聞は、石川県の北國新聞社が富山県向けに発行している新聞です。金沢方面の記事も多く、地理的に近い富山県西部で比較的読まれています。親会社が金沢にあると云うことで、石川県で印刷しています。その分長距離を輸送するため、締め切り時刻が少し早いです。なお印刷は、自社工場なのか、日経も印刷している関連会社工場なのかは不明です。←もしかして、北國新聞を含め、全面的に関連会社工場になっているのかもしれません。 北陸中日新聞は、中日新聞北陸本社が石川・富山向けに発行している新聞です。以前は福井県もエリアとしていましたが、「日刊福井」を傘下におさめた際に福井版と統合し、福井支社が独自に「日刊県民福井」の発行を始めた関係上、「北陸中日新聞」の題号を掲げて販売するエリアは石川県と富山県のみです。富山新聞同様、金沢で印刷していますので、富山版の締め切り時刻は早いです。(朝日新聞の委託に合わせてかは分かりませんが、工場設備を新しくしたようです。) スポーツ紙は、不明な点が多いですが、スポーツ報知は、富山市の北日本新聞工場での印刷です。(昨年3月までは高岡の読売新聞北陸支社工場、さらに1996年以前は大阪での印刷でした。)しかし現在、地元での印刷にもかかわらず6版か7版なので、読者にとっては印刷所が近いメリットは感じられません。 1980年8月10日付 中日スポーツは金沢市の北陸中日新聞工場で印刷しています。手元にある古い中日スポーツには、題字下に「金沢印刷版」と表示されており、地元で印刷していることを強調していたようです。(発刊当初は名古屋印刷だったのか、それとも他紙への当て付けなのかは、不明です。) 日刊スポーツは朝日新聞が北陸中日新聞へ委託後も、これまで通り名古屋版を配っています。中日への委託契約は朝日新聞のみのようです。(ちなみに石川県向けの日刊スポーツも、これまで通り大阪印刷版です。名古屋版と大阪版は地域面←名古屋版のみにあるのか?。が違っていますが、版数・紙面レイアウトは富山も石川も同じです。←プロ野球が遅くなると、石川版には★が付く場合があります。) スポーツニッポン、サンケイスポーツ、デイリースポーツは、大阪方面と思います。中京スポーツは、名古屋でしょう。詳しくどの工場かは知りませんが・・・。 さて、30年以上前の大昔の話です。たまたま読売新聞は創始者が富山県出身のためか、(このことが、読売新聞の富山県の管轄が東京本社である大きな理由と思います)県庁所在地でもない出身地に近い高岡に発行所がありましたが、他の全国紙は、高速道路がまだ名神とつながっていないこともあり、大阪から夜行列車での輸送でした。(客車便だったと思います。)締め切りも午後7時半ごろで、プロ野球は3回ぐらいまでしか載っていないと云う、散々なものでした。 そういえば、全国紙の本社って、どこも国鉄のターミナル駅近くにありましたね。これは鉄道輸送を考えてのことだったと今気付きました。単なるステータスではなかったのですね。(西部本社が福岡市ではなく、山陽線・日豊線・鹿児島線の起点である北九州市小倉にあるのは、その典型ですね。なお、今は本社やその機能は福岡に移っています。) 富山は雪国ですので、大雪にでもなれば、列車はストップ、高速道路は通行止めも珍しくありません。大昔のことまでは知りませんが、昨年の大雪では、遠方から来る新聞の配達は夕方でした。(ご苦労様です。)今冬からは朝日新聞では、これがなくなります。 大雪などで配達が遅れた時に、差し込まれるお詫びのチラシ。 時期により種類があり、工場が岐阜と名古屋のものがありますし、東京本社販売部と名古屋本社発送部が並んでいるのも面白いです。 幸いにも今年は大雪ではありませんが、積雪の日でも、午前4時頃に配達されています。 ところで各紙の販売部数の差は、印刷工場の位置も関係していのでしょう。(富山の場合、そのまま当てはまります。) |
次回は、版建てです。